ルノアール展2017/02/21 21:03



  一月に○さんと「ルノアール展」を見る約束をしながら
延び延びになっていた。

 ここの所 寒さが戻って今日も一日雪が降り寒かったが美術館に出かけた。

 ルノアールの絵は心に食い込むような強さはないが
柔らかいタッチと明るい色 印象派らしい光が溢れて
 穏やかな気持ちにしてくれる。

 見終わって お決まりの食事処へ。
 こちらでのおしゃべりが絵画鑑賞よりも長くなった^^;;;

 それでも家を出たのが早かったので3時には帰宅できた。
 
 次のイベントはモチお花見 場所は決定、
 日時は 天候、花見情報を睨みながらということで。
 これは四月の予定。

 その前 3月にもおしゃべり会を一度はしないとねえ、と二人で笑ってしまった。


≪ルノアール展公式サイト≫

http://www.tbc-sendai.co.jp/tc_event/special/renoir2017/index.html

雨水2017/02/17 20:37


 気温が18度もあって暖かい日だった。
 西の方では春一番が吹いた地方も多かったようだ。

 明日は「雨水」。昔から雪が雨に変わり、氷が溶けて水になる
この時期に農耕の準備を始める目安としていたそうだ。

 今夜から気温は又下がるらしいが春は確実に近づいている。

 今年の冬は雪の少ない地方に豪雪の被害が多かった。
 
 当地の今冬を振り返ると、雪が少なく気温も極端に下がった日もなかった。

 雪かきをしないで済んだ。箒でササッと掃いて終わり。
 水道の凍結も一度もなかった。

 30年以上住んでこんな冬は初めてだ。

 とはいえ、まだ二月も半ば、すっかり春の気分になる3月頃
思いがけないドカ雪が降るのが毎年のこと。
 インフルエンザも収まってはいない。
 油断は禁物。
 
 新聞に榴ヶ岡公園のロウバイが満開とあった。
あと少し、気を引き締めて春を待とう。

再び映画館へ2017/02/14 19:22


 ○さんに「この世界の・・・」の漫画があると言ったら
読みたいということだった。
 意外にも○さんはこうの史代の他の作品をすでに読んでいた。

 ビギナーの私と違い三巻をすぐ読み終え翌日には本を返しに来た。
「映画も良かったのね」「うん」
 ○さんがちょっと間を置いた。
「映画見る気があるなら一緒するよ」

 というわけで 二回目の映画鑑賞となった。

 さすがに初回の熱い想いとは違ったがゆったりと鑑賞できてよかった。
 ○さんが「よかったね~」と言ってくれたのが何よりだった。

  

  http://konosekai.jp/

来訪者2017/02/13 20:25

 チャイムの音がしたのでモニターを覗いたら○さんらしき人が写っていた。
 予告なしの来訪は珍しいが歓迎だ。ウキウキして
ホーンは使わず「は~い!」と答えながら戸を開けた。
  
 ありゃ、違ったよ。

 綺麗な若い人が立っていた。

 「ボランティアでご近所を回っているのですが・・・」
 「はあ、どちらの団体のボランティアさんですか」

 すると手提げカバンからパンフレットを取り出して
「『も○○の○○』の者です」と言った。

 この教団では布教活動が活発で時々見えられるが
「ボランティア」と名乗られたのははじめてだった。

 「ごめんなさい。折角ですが関心がありませんので」
相手が説明を始める前にきっぱりと言った。

 その人は「そうですか、煩わしてすみませんでした」と言ったので
私も「ありがとうございました。ご苦労様です」とお辞儀をした。

 お断りというのはどんな場面でも難しい。

小さなオセッカイ 大きなメイワク2017/02/06 10:12


 灯油の配達車のスピーカが聞こえたので
お財布をもって玄関の戸を開けた。

 缶は朝から道路の見えるところに出していた。
給油が丁度終わったところで若い配達人は
重い灯油缶を両手に持って玄関の方に来た。

 軽々と持って若いなあ!

 と、コンクリートの段の所で  転んでしまった
 こちらが「アッ!!」と絶叫するほどの 転び方だった。

 「大丈夫ですか」
彼は笑って「大丈夫」と答え 代金を受け取って帰って行った。

 あの転び方で大丈夫なはずはない。
転んだ時膝をコンクリートに強く打ち付けたのが見えた。
 仕事に支障はなかっただろうかと気がかりだった。


 私がドアのところで待っていたばかりに早く届けようとして
歩を速めたかもしれない。
 私としては相手の 作業が滞らぬようにサッと代金を渡そうと思ってのことだったが。


 二週間後、配達車が来た。

 「大丈夫でしたか」一瞬青年はけげんな顔をしたが
ああ、と思い出したように一日痛かったが大丈夫と笑った。

 ああ、よかった~~

80歳2017/01/31 16:06

 あっという間に一月も最終日となった。
 
 今年満80歳を迎える。
日々は変わりなく過ぎてゆくが80歳はある意味節目の年と思える。

 私が二十歳の時、祖母は老衰で80歳で亡くなっている。

 自宅で家族や親せきの人に囲まれて穏やかな旅立ちであった。

 そのころ 80歳と言えば長寿の方で(平均寿命67・60昭和32年)
80年も一生懸命生きているとこんなふうに静かに逝けるのだと思った。

 昔、祖母から見ると 人のいうことを聞けない行儀の悪い子で
私から言うと 祖母は 厳しくて苦手な人だった。

 祖母は50代で夫を亡くし、四国お遍路88箇所を歩きで踏破した。
山や崖をよじ登り血尿が出る厳しさだったと聞いたことがある。
 長じて客観的に見ると信仰心を持ったしっかりした人だったと思う。

 さて、80歳にならんとして 過ぎ去った年月を思うに
志もないまま 馬齢を重ねただけだったなあと思う。
 この先長生きしたいと思っているわけでもなく、
さりとて もう十分生きたという実感もない・・・^^;;;

 今年の心がけとして
 衰えてゆく能力をありのままに受け止めること。
 嘆いたり、弁解したりしないようにしたい。

 因みに2016年WHOの資料によると日本の平均寿命は86・8歳(女)に伸びている。
 
 食生活、環境、医療、終末のありようも変化し、一生懸命生きたわけでもない80歳では祖母のような静かな最後は望めない時代になっている???

「この世界の片隅に」後日談2017/01/23 21:08

 ずっと前映画の話がなかった頃Yさんが娘と私に読んだらいいよと
「この世界の片隅に」の漫画を持ってきてくれたことがあった。
私は手に取ることさえしなかった。
 それなのに映画を見たら本も読みたくなってYさんに又 持ってきてもらった。

漫画は食わず嫌いで娘が高校の頃から「これだったら いいよ」と勧めてくれる本を何度か試したことがあるが読み切ることができなかった。

 「この世界の・・・」は上・中・下の三冊。
読み始めたが文字にばかり目が行って絵の部分は流している感じ。
漫画本の読み方が分からない。

映画では物語の中に浸りきれたのに。
文章で描かれる世界のイメージは広がるのに絵から受け取る感性が
極端に乏しいようだ。
 
 漫画で物語を作ることの難しさ、エネルギーの大きさを凄いと思った。

 それでも三冊目になると漫画の世界に馴染んできたのか感動で胸が熱くなった。

 もう一度映画館に行ってみようかな。

忘却2017/01/23 21:02


 私の脳内メモリーは1937年型で相当古い。
元々の容量が小さい上に どこか不具合により漏れているようで保存ができない^^;;;;。

 同じ37型でも個人差があって、
他人の生年月日や干支等をすらすらというのを聞いたりすると凄いなあと思う。
 この頃は、外付けのハードディスクを設置したいほど支障が出てきた。

 暮れが迫った12月23日の 三連休に娘夫婦が来た。
「おかあさん、おめでとう」
「は?何がおめでたいの?」
「結婚記念日でしょう」
「あッ~~@@!!」・・・「アハハ・・・」
とりあえず笑ってごまかしたが内心の動揺は相当なものであった。

 式は12月もはじめの頃と言われていたが先方の事情により
この日に変更されたのだった。

 暮れの迫る日に決めたのが後ろめたかったのか夫はこんなことも話していた。
 「今は天皇誕生日は4月29日だが皇太子の誕生日は12月23日だから
忘れない日になる。」と。

 当時は年末の忙しさまで考えが及ばなかったが式に出てくださった皆さんはじめ随分と無理をされた方が多かったろうと恥ずかしく 申し訳ないと思う。
 結婚記念日を訊かれるのが嫌だった。

 年を取って結婚記念日を聞かれることもなくなったが、
記念日を忘却の彼方にすっぽりと置き忘れていたとは不覚であった

どんと祭2017/01/14 21:57

 
 今日、1月14日はどんと祭、松飾などを神社に持ち込み焼く。
人出を避けて4時前に出たが 既に火は大きく燃え お参りの行列が出来ていた。

 全国的には大寒波が襲い 大雪になった地方も多い。
仙台も昨日から雪が降ったが今日は降り積もるほどではなかった。

 いつ御参りが出来るだろうと思った長い行列も溶けた雪でビショビショの足元を除けば寒さもそれほどでなく一人行列の中にいた。

 思いがけず、鈴の音を響かせ裸参りの一行がきた。
すぐ後ろの若い女性が「あ、裸踊りが来た」と言ったので
周りに笑いが起こった。

  30分ほど並んでお参りをすることができた。
 キリキリするほどの寒さがなかったせいか
 今年のどんと祭はゆったり気分のお参りだった。
 
 こんな余裕のある気持ちで日々を過ごせたらいいな

2017/01/13 16:44


 毎朝使っている本の上表紙の背がボロボロになってしまった。
 和紙で裏打ちをしよう。
夫が写していた般若心経が残っていたのでその一枚を使うことにした。

 遠い、50年も前の姉の話を思い出した。
 私の父は饒舌な人ではなかったが頑固でもなかったと思う。
 少年時代の話等をして私たち子どもを大笑いさせたりした。
 貧しくはあったが大事に育ててもらったと思う。

 今はカレンダーと言えば100円ショップの簡潔なものから
 写真や絵画のついた高価なものまで、より取り見取りだ。

 その頃 父の部屋のカレンダーは
細長い短冊形に「名言」のような言葉が31枚書いてあって
一日ごとにめくり 月が替わると又一枚目に戻るものであった。
 父はそのカレンダーの言葉が好きだったのだろう。
 一年が過ぎても使いづづけていた。

 ある時、姉が父の部屋に行って端がめくれて汚らしい
カレンダーを見て「トウサン、これ捨てようよ」と言った。
 父は何も言わずにカレンダーを見ていた。

 数日後、姉が父の部屋に行ったらめくれた部分が裏打ちされていて
きちんと綺麗になっていたそうだ。
 姉は話した後、「いかにも トウサンらしいよね」と言った 。

  父は子供を怒ったりすることはほとんどなかったが
 父に似ず無駄口の多い中学生の私に言ったこと。
 
「言った言葉は消しゴムでは消せないからね。よく考えてから」
 この言葉をいまでも覚えているが私の失言癖は続いている^^;;;;