水戸へ2017/03/24 20:52

一月の末頃であったか たまたま見たテレビの
「ぶらタモリ」で水戸市を取り上げていた。

娘が来ていて カメラが弘道館に入ったとき、
私が「何度か偕楽園には行ったけど弘道館は見てないなあ」と言ったら
「水戸に行って弘道館を見てないの?忘れたんじゃない?」と言われ自信がなくなった^^;;;

その時ふと、水戸に行って確かめてみたいと思った。

三月になってネット友の○さんが偕楽園の観梅の記事をブログにアップし 東山魁夷の唐招提寺の障壁画展のことにも触れていた。

続けてその展覧会を見てきたという○さんから東山画伯の
絵葉書が届いて「あなたも是非ぜひ」とのお勧めっだった。

 真面目に行こうかなと思い始めた。

 が、ネックはわがご老体。
自信のあるのは足だけで方向音痴も酷くなっている。
仙台から水戸への鉄路は乗り換えもある。

 Yさん(嫁)が「高速バスがある」と教えてくれた。
娘が水戸市の地図を広げて説明してくれた。
(結婚当初Gさんが鹿嶋市に住んいて、娘は水戸市内の職場に
三年間 通勤。このことを私は忘れていた ^^;;;)

 何とかなるだろう。
すっかり行く気になって、ネットで宿を予約した。

つづく^^;;;;
(pcがご機嫌斜めとりあえずオレンジスタジオだけあげます 
画像うまく入ってるかな^^;;;;)



≪オレンジスタジオ≫

http://orangestudio.homeip.net/gallery/public/user/user/edit.php?userid=34343&page=1&image_width=0&image_height=0

もの忘れ2017/03/20 20:41

  遠くのスーパーに買い物に出て帰りのバスを待っていたとき
「あら、」と声をかけられた。
見覚えのある人だったが名前は思い出せない。
「分かります?」と聞かれたので
「はい、子供会でご一緒だったかしら」と答えたが
名前が出てこない。
 
 40年以上前の子供会、お互い大勢の中の一人としてお手伝いしていた。
 静かな優しい印象は残っていたが特別親しい間柄でもなかった。

 バスが来るまで取り留めなない話をして名前を伺う機会を逸してそのまま別れた。

 暫くして、同じ人と近くのスーパーで出会った。

 「すみません、私はeと言いますが お名前が思い出せなくて・・・」
と言ったら「○○です」と答えてくれた。「ありがとう」

 教えてもらったはいいが 最近の半端ないわが記憶力の低下ぶり、
忘れたらあとは聞けない。
 同じ地域に住んでいるらしいからこれからも会う機会はあろう。

 足の運びに合わせて「○○さん、○○さん」と唱えながら家まで歩いた^^;;;

 一ケ月過ぎた今も私の記憶の中に「○○さん」は収まってくれているようだ^^。

あの帰りの途中、知り合いに会っておしゃべりしたら名前は消えたかもと思ったら なんだか落語みたいなことをしているなあと可笑しかった。

おしゃべり会2017/03/17 20:12

 
 ボラを止めてから一年ほどになるが
一緒に活動していた人からの誘いでランチをした。

 私が辞めた後で体調を崩し退会した人と
現在も活動している二人、四人でおしゃべりをした。

楽しかった。

 会に在籍したのは足掛け7年だが 会員同士プライベートなことは
あまり話さなかった。

 今回は辞めた人が二人もいるのでボラの話はほとんど出なかった。
四人のおばさんの内輪話が次々と出て 会の中で見えなかったそれぞれの個性が出たおしゃべりになった。

 長く付き合い よくわかっていたと思っていたそれぞれが 思いがけない経歴を持っていたり 想像を超える人生を経験していたり お話を聞いた後 皆さんが一段と輝いて見えた。

 四人の中で私が一番の年長なのだが皆さんの歩まれた道に比べ
自分は何と安易な道を歩んだものだろうと思う。

 「eさんて 不思議な人だよね。だけど、いるだけで和むから得だよ」と笑われるが
 他人に披露できるほどのものを持っていない上に小心で「イイフリコキ」なだけだ。

 それぞれの逸話を素直に受け入れられるのは それぞれが強い個を持っているのに 話し方に飾りがなく率直なところが共通しているからではないかと思った。


 三時間でお開き^^;;
 年寄りの暮らしに刺激を頂いた おしゃべり会だった。

あれからの三月2017/03/07 11:50

 啓蟄も過ぎて吹く風も心なしか和らいだ感じだ。
 地中の虫ばかりではない。
 北国では 寒さの厳しい二月を通り越すと春を待つ気持ちが
一段と強くなる。

 三月は寒さで縮こまっていた心が温かい風を感じるだけで
何か弾むような気分にさせてくれる。

 けれど、六年前の大震災から「3月」は光あぶれるだけの季節ではなく重いものになった。

 三月になるとメディアの震災に関するニュースが多くなる。
 六年経っても復興が進まず暮らしの基である住居さえ定まらない被災者や  二千五百人以上の行方不明者がいる。など、胸の塞がる記事が多い。
 
 内陸で被害の少なかった私は平坦な日常に戻っているが
被災地ではいまだに苦労が続いている。

 新聞記事など読んでいると被災地の近くにいながら 手を差し伸べる行動をしなかったという後ろめたい思いが顔を出す。

 3月11日六度目のあの日を迎える。

編み物2017/03/02 18:35

 鼻がグズグズするので囲碁を休んだ。

 炬燵でテレビを見るのも飽きたので編み物をすることにした。

 糸は姉の編み残しを数年前にもらったままになっている^^;;;
高齢の姉が断捨離で始末したものを譲り受けた。
 捨てるのは勿体ないといいながら引き出しを満杯にしている方が
よほどもったいないのに。
 
 余り糸は新しくても 「帯に短し・・・」で 配色も思うようにいかず、
考えているだけでも日が経ってしまう(←言い訳)^^;;
 
 編むのは嫌いではないが本の通り編むことはできない。
 簡単な地模様を選んで 形も直線的に目分量で決める「勝手編み」
 性格が雑なのである。
 
淡いモスグリーンの玉が五個あったのでベストを作った。
長さがもう少し欲しかったが糸がなくなった。
 
 「編んだの?」と言われたら近くで見ないでとバリアを張りたいお粗末さだが
編んでいる時は集中して楽しい。

 糸で見た時より編んだら色目が濃くなったのがちょっとと思うが
コートの下にでも。
ボタンもあり合わせ。材料費ゼロ。
 
 費やした時間を思えば ???・・・かな。
 



ルノワール展2017/02/21 21:03

  一月に○さんと「ルノワール展」を見る約束をしながら
延び延びになっていた。

 ここの所 寒さが戻って今日も一日雪が降り寒かったが美術館に出かけた。

 ルノワールの絵は心に食い込むような強さはないが
柔らかいタッチと明るい色 印象派らしい光が溢れて
 穏やかな気持ちにしてくれる。

 見終わって お決まりの食事処へ。
 こちらでのおしゃべりが絵画鑑賞よりも長くなった^^;;;

 それでも家を出たのが早かったので3時には帰宅できた。
 
 次のイベントはモチお花見 場所は決定、
 日時は 天候、花見情報を睨みながらということで。
 これは四月の予定。

 その前 3月にもおしゃべり会を一度はしないとねえ、と二人で笑ってしまった。


≪ルノワール展公式サイト≫

http://www.tbc-sendai.co.jp/tc_event/special/renoir2017/index.html

雨水2017/02/17 20:37


 気温が18度もあって暖かい日だった。
 西の方では春一番が吹いた地方も多かったようだ。

 明日は「雨水」。昔から雪が雨に変わり、氷が溶けて水になる
この時期に農耕の準備を始める目安としていたそうだ。

 今夜から気温は又下がるらしいが春は確実に近づいている。

 今年の冬は雪の少ない地方に豪雪の被害が多かった。
 
 当地の今冬を振り返ると、雪が少なく気温も極端に下がった日もなかった。

 雪かきをしないで済んだ。箒でササッと掃いて終わり。
 水道の凍結も一度もなかった。

 30年以上住んでこんな冬は初めてだ。

 とはいえ、まだ二月も半ば、すっかり春の気分になる3月頃
思いがけないドカ雪が降るのが毎年のこと。
 インフルエンザも収まってはいない。
 油断は禁物。
 
 新聞に榴ヶ岡公園のロウバイが満開とあった。
あと少し、気を引き締めて春を待とう。

再び映画館へ2017/02/14 19:22


 ○さんに「この世界の・・・」の漫画があると言ったら
読みたいということだった。
 意外にも○さんはこうの史代の他の作品をすでに読んでいた。

 ビギナーの私と違い三巻をすぐ読み終え翌日には本を返しに来た。
「映画も良かったのね」「うん」
 ○さんがちょっと間を置いた。
「映画見る気があるなら一緒するよ」

 というわけで 二回目の映画鑑賞となった。

 さすがに初回の熱い想いとは違ったがゆったりと鑑賞できてよかった。
 ○さんが「よかったね~」と言ってくれたのが何よりだった。

  

  http://konosekai.jp/

来訪者2017/02/13 20:25

 チャイムの音がしたのでモニターを覗いたら○さんらしき人が写っていた。
 予告なしの来訪は珍しいが歓迎だ。ウキウキして
ホーンは使わず「は~い!」と答えながら戸を開けた。
  
 ありゃ、違ったよ。

 綺麗な若い人が立っていた。

 「ボランティアでご近所を回っているのですが・・・」
 「はあ、どちらの団体のボランティアさんですか」

 すると手提げカバンからパンフレットを取り出して
「『も○○の○○』の者です」と言った。

 この教団では布教活動が活発で時々見えられるが
「ボランティア」と名乗られたのははじめてだった。

 「ごめんなさい。折角ですが関心がありませんので」
相手が説明を始める前にきっぱりと言った。

 その人は「そうですか、煩わしてすみませんでした」と言ったので
私も「ありがとうございました。ご苦労様です」とお辞儀をした。

 お断りというのはどんな場面でも難しい。

小さなオセッカイ 大きなメイワク2017/02/06 10:12


 灯油の配達車のスピーカが聞こえたので
お財布をもって玄関の戸を開けた。

 缶は朝から道路の見えるところに出していた。
給油が丁度終わったところで若い配達人は
重い灯油缶を両手に持って玄関の方に来た。

 軽々と持って若いなあ!

 と、コンクリートの段の所で  転んでしまった
 こちらが「アッ!!」と絶叫するほどの 転び方だった。

 「大丈夫ですか」
彼は笑って「大丈夫」と答え 代金を受け取って帰って行った。

 あの転び方で大丈夫なはずはない。
転んだ時膝をコンクリートに強く打ち付けたのが見えた。
 仕事に支障はなかっただろうかと気がかりだった。


 私がドアのところで待っていたばかりに早く届けようとして
歩を速めたかもしれない。
 私としては相手の 作業が滞らぬようにサッと代金を渡そうと思ってのことだったが。


 二週間後、配達車が来た。

 「大丈夫でしたか」一瞬青年はけげんな顔をしたが
ああ、と思い出したように一日痛かったが大丈夫と笑った。

 ああ、よかった~~