苦手意識2017/06/21 20:58


 何かと苦手なことの多い私だが「犬」もその一つで
どうにかして好きになりたいと思っても出来ない。

 子供の頃田舎では放し飼いの犬が多かった。
集落の一本道の向こうに犬が見えると動けなくなる。
誰か通りかかるのを待ってその人の後から付いて行ったりした。

 噛まれたとか実害を受けたことはないのだが 吠えられるだけで
怖い。

 今は犬はいつも飼い主と一緒だ。
 だが、理由のない怖さは変わらない。

 近所に「ルカ」と「ノア」という聖書を連想させる小型犬がいる。
どちらの「パパ」「ママ」にも一人暮らしの私を気遣っていただいている恩がある。

 姿を見かけると「ルカおはよう♪」と声をかける。
だが、賢くて敏感なワンちゃんが私の口先だけの挨拶に反応するはずもなくそっぽを向いている。
とにかく怖くて手が出ないのである。

 ノアのママは早起きで私が新聞を取りに行くとノアを連れて家の前にいることがある。
ノアは白内障で目が見えない。遠くへの散歩はしないで辺りをぐるぐる回るだけだ。
 糖尿病もありママがインシュリンを打ってあげているそうだ。

 「ノアちゃんは何歳なの」と聞いたら13歳とのこと@@!。
人間にすると70代くらいにはなるらしい。

 吠えもせず、走りもせず狭い場所をぐるぐるしているノア。
ノア、一生懸命生きているんだね。

 仲間だね~と親しい気分がしてそっと背中を撫でてみた。

十和田湖2017/06/12 16:14

   十和田湖の観光地が寂しくなったという噂は耳に入っていたが
人の流れは変わることもあるだろうと深く考えもしないでいた。

 十和田湖は青春の思い出の地だ。
 
 気が向くと一人でふらりと十和田湖へ出かけた。
 生家は奥羽本線の沿線沿い と言っても最寄り駅まで5キロもあった。
 
 その駅に夜行列車が停まることが分かり 深夜 田んぼの中の
真っ黒の一本道を歩き 駅へ。 汽車で、青森まで。6時ごろ到着。

 それからバスに乗り八甲田の山越え。蔦温泉、酸ヶ湯温泉を通って
奥入瀬を眺めながら子ノ口へ。
 そこで遊覧船に乗り休屋へ。

  帰りはバスで発荷峠を通って秋田県側に降りる。
 毛馬内(現十和田南)から 又汽車に乗り大館を経て帰宅。

  おお!我ながら凄い。つまり宿も取らない弾丸ツアー

 60年前はお金も時間もなかったが体力はあったのだなあ^^;;

 年配になると出来ることなら若いころに帰りたいというの人が
多いが 不器用だった私は訳の分からない濃い霧の中でもがいていたあの頃に戻りたいとは思わない。

 十和田湖は大げさに言えば私の「聖地」であった。
 奥入瀬の流れも 紅葉も、新緑も湖水の色も 私の目を覚まさせてくれた。
 何度訪れても素晴らしかった。

 今もってふらふら出歩きたがるのはその頃の後遺症?
 人生ままならないもので今は時間はたっぷり、
そこそこの所へ行けるゆとりもあるが 体力がない^^;;;;


 十和田湖の観光客減少は相当深刻な問題で
原因は6年前の東日本大震災の影響が大きいという。

○さん2017/06/06 20:41


 外出中に届いていた○さんからのメールに帰宅後気づいて電話を入れた。
 特別な用事ではなかったらしい。

 ○さんの言うには我が家の二階の窓が閉まっているのを見て留守だと思ったからチャイムを鳴らさないで帰ったそうだ。○さんらしい。

 「あら! 日ごろからチェックしていたの? よもや空き巣狙いか・・・」といったら○さんがゲラゲラ笑いだした。
 
 確かに私には二階の窓のカーテンを開ける癖がある。
 日ごろは使われていない部屋に日光や風を通したいからだ。

 ○さんは厳しいおばあさまの許で小さいころからしつけられ主婦力が高い。

 例えば私など他所の台所に入った場合、ぼうっとしてとっさに動けなくなってしまうが ○さんはどんな場所に立っても臨機応変に立ち回れる、
 生きるための知恵を持っている人だと思う

 てっぺんの回路が怪しくなってきたこの頃は○さんにサポートしてもらうことが多くなっている。

 友情も「持ちつ持たれつ」から「持たれつ、持たれつ」に変わりつつある^^;;;

野草園2017/05/30 21:06



 ○さんから前日「急だけど「野草園に付き合ってほしい」と誘われて
昨日久しぶりに野草園に行った。
 
 遊びファストの婆は誘われるとどこへでもついていく^^;

 野草園は仙台市内にある貴重な山野草を保護する目的で作られ
昭和29年に完成した、面積9.5ha。木本500種、草木370種の
植物が起伏のある地形に植栽されている。
 
 山登りのように登ったり下ったりしながら植物を観察する。
山野草に関する知識のないことを嘆きながら花の標識を見て園内を巡った。

 野草園は初めてではないが しばらく来ない間に野草館が新築され、展示室や企画室や喫茶もあった。

 芝生広場では木陰で読書している人やお昼寝している人が見えた。

 街中は24度の暑さだったが園内は柔らかな木漏れ日と優しい風が渡っていた。





仙山線2017/05/25 12:10

 寒河江に行くには仙山線で山形に出る。

 もっと若かったころは仙台と山形を結ぶ仙山線が好きで
春の芽吹きの頃と秋の錦の頃 只車窓の樹々を眺めるために
列車に乗ったこともあった。
  殊に、「山笑う」早春の様々な緑の重なりが美しく楽しめた。

 今回は 5月も半ばを過ぎて瑞々しい若葉は緑に吸い込まれたのではないか、
緑一色の重苦しい景色になっているのではと思って出かけたが
自然はそれ程簡単でも単調でもない。
 
 山藤が盛りで 桐と思われる紫も混じっていた。白く目立つのはヤマボウシ。
ピンクの花も見えたが眼をこらしても一瞬で通り過ぎ何の花か分からなかった。

 四人掛けの升席に一人でゆったりと掛け上空に視線を止め何も考えず流れる緑の中にいた。
 胸がじわじわと満たされ その思いにチョッピリ戸惑いながら列車に揺られていた。

 ある駅で「1937年仙山線全通開通  80年記念」の看板が見えた。
あっ!!1937年、昭和12年、婆と同じ年だ。
 
 仙山線は5・3キロのトンネルをはじめ曲がりも多い山中を走る。
 強風が吹くと運休、積雪で運休、と報じられるが80歳ではよく頑張っているなあと
身につまされた^^;;
 

 もう一つ、帰りのトンネルの中ものすごい轟音に遭遇した。
列車が脱線するのではと思うほどのすさまじい音だった。

今、トンネルの長さをググっていたら、同じ経験した人のはなしがあった。



仙山線は安全だそうです。
機会がありましたら仙山線を楽しんでください。


ブレブレの画像ゴメンナサイ。



寒河江公園2017/05/24 21:00

  サークルでのおしゃべりの中で寒河江市のつつじ公園の話が出た。
10年以上前に行ったことがあり機会があったら又行きたいと思っていた。

 今年のツツジの季節は終わりに近づいているが 来年の身の保証はないしなあと
あれこれ考えていたら、昨日の朝、お天気がよさそうだったので突然出かけた。

 寒河江市、(サガエ市)このちょっとしゃれた感じの地名は東北の人には
馴染みの地名だが山形県の中央部に位置するサクランボや果物を産するゆったりした感じの土地だ。


 横道ながら クイズを一つ。

 寒河江市に行くには山形からJR左沢線に乗るが「左沢」は何と読む?

答え →  アテラザワ
 

名前の由来を知ろうとググっていたら諸説紛々で かの民俗学の柳田國男もこの地名に関心を持っていたことが分かって へぇ~~

 寒河江駅に降りて観光案内所に行ったら机にパンフレットが
置いてあるだけで無人。
 近くにいる人に聞いたら土日だけいるようですよ。との答え。

 つつじ祭りも終わっているようで観光客らしい人の姿もない。
 駅前の交番に入って道順を聞いた。ばあの身を案じてかタクシーがよいと
奨められたがネットでは20分とあったので歩くことに。

 途中通行人に二度道を尋ねて無事公園に着いた。
とても親切で丁寧に教えていただいた。

 公園にはつつじ見物の人がいて屋台も出ていた。
 ツツジは盛りを過ぎて残念だったが東北一の(4万3千株)は広大だった。

 無謀ともいえる突然の行動だったが、今日は雨、これからはグズグズしたお天気が続きそう
良い日の旅立ちだっと思う。




おっとっと2017/05/22 15:47

 五月には珍しく真夏日が三日も続いた。

 木も暑かろうと夕方 長いホースを引きづりながら水やりをした。

 南側の垣根を終えてホースを手繰りながら後ずさりした時、「あ、あっ!」足がもつれて転びそうになった。

 ようやく持ちこたえたが重心はすでに後ろに傾いていたから
仰向けに転んだらタダでは済まなかったろう。

 午前中のこと。
 スーパーに行ったら入り口で声をかけられた。
 リフォームする前まで何度か屋根の塗装をお願いしていた社長さん。

   気さくな方で とてもよくしていただいた。
 「よくお会いしますね」と言ったら奥さんが転んで頭を打ち脳挫傷。
 半年たつが買い物も出来ないのだという。

 「あら、それは大変」
 「年寄りは小さな段差にも躓くからあなたも気をつけなさいよ。」
 そんな忠告を頂いたばかりなのに。

 生まれついての粗忽者でブログでの転びネタは三回目 ^^;;;;
 病院に行かずに済んでいるのは幸運だがそろそろ神様も匙を投げだすかも。
  
 転倒は自分で気を付けるほか防ぐ法はないのである!!

思い出2017/05/14 15:03


 
 郷の姉から電話が来た時お祭りの話が出た。
そういえば村の祭りは5月だった。

 昔、祭の日は特別な日で家々ではご馳走を作り来客に備え
皆が浮かれて 楽しい日であった。
 数件の出店が出て子供たちは親からちょっぴりお小遣いをもらった。


 姉の話によれば近年はそれぞれの家族単位で楽しんでいるのか
酔っぱらって道路を歩いている人を見かけないとのこと。

 昔、祭の日に担任の先生が家に上がったことがある。
 教室では真面目な先生もすっかり酔っぱらっていた。
この日ばかりは無礼講が許されていた のどかな時代だった。

 祭だけではない、集落に「柱建て」(上棟式)の家があると言えば
餅拾いにみんなが集まり大騒ぎで餅を奪い合った。
 すべてが手作業だった農作業、田植え、稲刈りはお互いに助け合った。
葬儀の際は「荼毘手伝い」がいて 集落の人々は皆で見送りをした。
 お嫁さんが来ると聞けば子供たちはその家に押しかけて縁側から
宴会の様子を見物した。
 喜びも悲しみも共有していたように思う。

 レジャーと言う言葉が何時から使われるようになったが分からないが
現代はどんな不便なところに住んでいても経済的に豊かであれば
自分が望む楽しみを手に入れることが出来る。

 貧しく不自由な暮らしの中にあったぬくもり、
ものが溢れ 時間に追い立てられているような今の自分。
 
 齢八十年、確かに歴史の中を歩いてきたのだなあと思う。

2017年GW2017/05/09 22:05


 今年のGWは5月一日、二日を休暇にできれば9日間の大型。
お天気も良かった。

 私は4月の中頃から桜見をはじめあちこち出歩いて畑や家事が滞っていた^^;;

 息子は4日の深夜にきて二泊したが友達との飲みに出かけた。
 いつも一緒のYさん(嫁)はボランティアの研修で(10日間)来られなかった。
 
 娘夫婦は六日に 前に置いて行った荷物を取りに来たと元気な顔を見せた。

 私はと言えばお天気も良かったので草取りをしたり土を耕したりした。

 いつものGWとは少し違ったそれぞれがそれぞれの場所で元気なGWを過ごせたようだ^^。

こぼれ話2017/05/09 22:00

 娘が来た時、水戸に行った時の話をした。

ある観光スポットの入り口近くのベンチに体の不自由そうな高齢の婦人がいた。
 前を通り過ぎようとしたら眼が合ったので「こんにちは」と挨拶をした。
女性は隣に座るようにとベンチを指した。
  掛けはしなかったが思わず立ち止まった。
 その人は建物のことをいろいろと説明し始めた。
 察するにそこのボランティアをしていたが高齢のため辞めた人らしかった。

 説明はなかなか止まらない。
頃合いを見て「ありがとうございました」とお礼を言った。

 そこで離れればよかったが体も不自由そうだったので元気づけようと
「張りのある元気な声で素晴らしいですね」と褒めたら・・・・
突然、詩吟を朗々と吟じ出したから慌てた^^;;
観光客の行き来する中「止めてください」とも言えず・・・・汗 ^^;;;;;;;

 
 娘は笑った後、「知らない人に 話しかけるの止めた方がいいんじゃない」と言った。
物騒な世相を思い事故を心配したのだろう。

 普段近所のバス停では「おはよう」の挨拶はするが
自分から話しかけることはないのだが、、、、。

 ボラの後遺症とでも言うのか お年寄りの表情を見ていると相手がコミュニケーションを求めているのが伝わるのでついつい・・・・^^;;;