忙しい○さん2016/06/28 20:48

 ○さんの高校時代のクラスは結束が固いようで
頻繁にクラス会をする。
 年祝いの還暦はもちろん 古希の後 喜寿には遠いからと「喜寿まで待てない会」を開いたりする。

 同級生から東京と秋田の中間の仙台で会場を設定してと
○さんに指令が来て 五月は法事があるから無理。秋にだったらどうにかするといったが秋までは待てないと言われた。


 去年○さんは来年は50回忌の法事があるから頭が痛いと言っていた。
 長男の嫁の立場。ご主人には男兄弟はなく年上の五姉妹がいる。
 日時の設定、ホテルの宿泊予約、出欠の確認、など落ちのないように
段取りし、GW明けに大人20人に孫の代まで25人 一人で世話をし
一同に感謝されて無事終えた。


 クラス会の方も結局断り切れなくて、6/20 一泊で開き、東京と秋田から20名が集まり○さんが一人で奮闘した。(ばあも初めのホテルの予約にだけ付き添った^^;;)
 

 23日 お疲れだろうからゆっくりしてから「慰労会」でもと思っていたら
○さんから電話が来てランチを誘われた。

  クラス会は大いに盛り上がって皆さん喜んでくれたが「疲労困憊だったよ~」

 何しろ70代のばあさん集団。
悩んで決めた部屋割りに「あの人とは嫌」と言い出す人が出たり。

 支払いも一人でやり 「会計報告書は省略しますが、
どこかの知事のようなことは致しません。ここに 領収書を置きます。」と言ったら受けたそうだ。

 
 なぜ、○さんは人のために骨身を惜しまないのだろう。
恩着せがましいことも決して言わない。

 私の何倍もの濃さで生きているような気がする。

講習会2016/06/24 19:52



  昨日は高齢者のための「座って出来る体操」の講習会に参加した。

 「65歳以上」が対象だったから自分が一番年上かなあと思っていたら
集まった人は私と同じような高齢者だった。
 65歳の元気な人なら「座って出来る体操」よりジムなどで体を鍛える方を選ぶだろうから若い人が見えなかったのは当然とも言える。

 15人の中男性は一人だった。
 地域の包括センターからインストラクターが見えて
ユーモアたっぷりに椅子に掛けたままの体操を一時間半ばかりゆっくり楽しく進めてくれた。
 健康に関することなども話されていい勉強になった。

 体操というよりはゲームのようにな緩やかな動きで私の最も苦手とするところの頭がこんがらがるような動作が多かった。
つまり手や足を左右違う動き方をさせる運動、
 情けなくなるほど出来ないものもあった。

 休憩の時、先生が「何歳まで生きたいか」と質問された。
 「母が88歳だったからそのくらいまでは」
 「祖母が103歳で元気だから自分も」と皆さん元気な答えでビックリ。

 当てられたら困るなあと思っていたら先生に分かったのか聞かれなかった^^;;
 父も母も76歳で亡くなっているから私はすでに三年も長く生きている。
 命を粗末にするつもりは毛頭ないが、怠け者だから何が何でも長生きをと望む気もない^^;;

父の日2016/06/19 23:01

 午後買い物に出ようとしていたら娘からメールが入った。

近くで買い物途中だがポイントカードを貸してほしい。

 現金専用のポイントカードをわざわざ借りたいというのもおかしな話だと思ったがいいよと返事をした。

  Kさんの運転だった。
「あら、しばらく」 元気そうでよかった。

 「お米を買おうと思っていたの。お願いできますか」「はいよ」
リュックを背負っていこうと思っていたのでラッキーだった^^。

 娘はいつも忙しい。
同じ市内に住んでいるのに お互い、何週間も音信不通ということもある^^;;;

 久しぶりの逢瀬^^;なのでKさんの運転で娘たちの買い物に付き合った。、

 娘宅の近くに珍しいものがある。
言われて野次馬は連れて行ってもらった。
 そこは建築現場で掘り起こされた土が二階ほどの高さの山となって出現していた@@!!。

 見学を終え、又我が家の方に戻り近くのスーパーでお米を買った。

 私が車に乗ったばかりに長いドライブになってしまった。

 途中、花屋へ寄った。

 その時になってようやくわかった。
 今日は父の日、娘夫婦は父のお参りに来たのであった。

梅雨入り2016/06/17 11:16

 梅雨の晴れ間を見て墓苑に行った。

 居間から空を眺めてこの空なら大丈夫と身支度をし、外に出たら、
あらら、細かい雨が降っている。

 念のためにと傘は持ってはいるが雨ではどうしようもないなあと足が止まった。
どうしよう?

  梅雨に入ってしまった空が近日中に晴れるという保証はない。
よぼよぼ婆だから、差し迫った用事がある身でもない。
 ならば、せっかく身支度をしたのだから、戻るのは雨がざあざあ降り出してからでもよい。 let's goだ^^。

  バスから降りて15分ほど最後の緩い坂を上っていつものように池を見ると
白い花(がく)を付けたやまぼうしの木の間から白い水仙が無数に咲いているのが見えた。
 カメラを持たなかったことが悔やまれる。
 
 墓苑に人影はなく鶯がしきりに啼いていた。

  持参の鎌で伸びた雑草をとり、手を合わせた。
 
 晴れ婆さんの念力が少しは効いたのか曇り空ながら雨は降らなかった。


(ケータイで)

車輪梅2016/06/15 19:46

(お借りした画像です)


 垣根の中に小鳥たちの置き土産なのか知らない木が伸びていることがある。
南天や山椒、白いやまぶきなど。

 今年は白い可憐な花を見つけた。
○さんが「なんという花なの?増やせないかな~」と言ってたので
向かいの花博士のご主人に、聞いてみた。

 「車輪梅」という花だという。
挿し木もできるし、接ぎ木でも増やせるとのことだった。

 ○さんが喜ぶだろうなと思い話したら、「う~む」と何やら思案顔。

 そして「ま、いいわ そんなに長生きするとも思えないし・・・」とつぶやいた。
 エ~ッ!!?? なにそれ!

 ○さんは70代ではあるがまだ「前期高齢者」私とは違い物忘れもないし 心身ともに健康な人だ。

 若いと思える○さんから思いもかけない気弱な言葉を聞いて
なぜか寂しい気持ちになった。

 車輪梅は顔を近づけるとかすかに甘い香りがする。
今は花は終わった。この後実をつけるそうだ。

 初夏に咲くこのかぐわしい花を私はこの先何度見ることになるのだろう。

「みやぎ県民防災の日」2016/06/12 21:40

  昨日は東日本大震災から五年三ケ月だったが
今日 6月12日は「みやぎ県民防災の日」だ。

 1978年6月12日の夕刻マグネチュード7.4震度5。
 「宮城県沖地震」
 仙台市を中心に大きな被害をもたらした地震の発生した日だ。

 38年前のその日、私たち家族は仙台市の中心部の借り家に住んでいた。
 生憎夫は県外に出張中で留守。
 それまでに経験したことのない大きな揺れに慌てて子供たちを抱えて庭に飛び出した。
 電線が唸っているような 不気味な空気だった。

 揺れは間もなく収まり、棚のものが落ちたくらいで済んだ。
(なぜか庭にあった石燈籠の一つが倒れていたが。)

 ネットを探ると全体の被害状況は次のように記録されている。
  死者:28名。
  負傷者:一万名余
  全半壊家屋:7400戸
  停電:70万戸
  断水:7000戸

 電気、水道、電話は8日目にガスは27日目に復旧、信号機が止まり車の渋滞が起きた。
 仙台の人口は当時、60万ほど。日本で初めての「都市型地震災害」と言われた。

 被害の中で痛ましかったのは28名の死者が出たこと。
28名中18名の方がブロック塀の倒壊によるものだった。

 この震災以降建築基準が改正されたり、ブロック塀も鉄筋を入れたり、安全性が重視されるようになり、
5年前の東日本大震災ではブロック塀の崩壊による死者はゼロだった。
 しかし、熊本地震では崩壊したブロック塀が多く、死者も出たのは残念だ。

 
 「宮城県沖地震」「東日本大震災」と二つの大きな地震を体験して 地震の怖さを忘れているわけではないが平和な日常の中で
緩みがちな防災意識を確認しなくてはと思った六月十二日だ。

分かってはいるが^^;;;2016/06/07 20:18

 
  バスで右側の座席に座っていたら、左目の視界の隅っこで
何やら動いているものがあって それがなかなか止まらない。

  首を回して確かめた。
ん?! おじいさんが腕を回して体操をしていた。

 バスは空いていて誰に迷惑をかけているわけではないけど、、、^^。
 
  ずいぶんと前のことを思い出した。
 還暦のクラス会に行った○さんの土産話。
 
  バスで観光地を巡ったが隣に座ったクラスメートが
足を上げたり、下したりするので落ち着かなかった。
 
 「観光バスで美容体操することもなかろうに」と○さんは苦笑していた。
私も笑った。

  10年後の自分たちがよもや、足や腰に故障が出て
苦労するとは思いもかけなかった頃の話だ。


 さらに古い話、裁縫を習っていたころとても姿勢の綺麗な人がいた。
 そのことを褒めると、信号待ちの時 「背筋を伸ばして肛門を締める」
を続けているとのことであった。
 もう長い間の習慣で癖のようになっているというので感心した。
 
 いいことを聞いたとは思ったが実行はしなかった^^;;;

 ○○さんは70歳近いはずだが今も背筋をすっと伸ばして美しい姿でいるだろう。
 
 体が自由に動くころから体操は続けなければならない。
足腰が痛い、肩が回らない、etc、、、が始まらない前に。

  わかっちゃいるけど体に良いことを続けることは難しい。



○さん家の≪紫宝華≫



お向かいさん2016/06/03 19:18

 ドアを開けたらお向かいの○さんのご主人と出くわした。
ビニール袋を提げていた。

 「お買い物ですか」
 ご主人はあいまいに笑って「あわを買ってきた」と言った。
 思いがけない答えに「粟ですか、ご飯に混ぜるのですか」と聞き返したら
「いやいや、飲む方の泡ですよ」と笑った。

  ありゃ、これはまた失礼なあわ違い。 アワワ・・・^^;;;;
 
 一昨日はシャクヤクが咲いているといわれ庭をのぞかせてもらった。
 ピンクの一重の花がとても可憐な感じで珍しかった。
 写真の許しをもらったのにそのままになっていた。
 
 許しをもらったといっても人様の敷地に入るのははばかられるし
かといって、呼び鈴を押すのも申し訳ない。
 だれか外に出ている時に撮らせていただこう。
 
 今日、ご主人が出ていたのでカメラをもって行ってみたら
 咲き始めの張り詰めた瑞々しさがなくなったように感じた。
 
 写真もタイミングが大事だなあと思った。



付き合い2016/05/31 15:01

 
 囲碁に行くときは○さんの車に30分ほど乗せてもらう。
一人で行くとなればバス=地下鉄=バスとかなり遠いから
○さんの都合の悪い日は私も休む。

 20年ほど前、絵のサークルで初めて出会った。
同郷ということもあって 何かとお世話になってきた。
 
 出会いの頃印象に残っていること。
 例えば展覧会などの会場つくりの時、○さんは必ず きつい仕事のところに身を置いていた。
 自分のことより先に、周りのことを考える人だ。

 ○さんより6歳も上の私だが粗忽なうえに一般常識がない(>-<)
付き合いの中で私の方が助けてもらうことが多い。^^;;;;
 一方的で申し訳ないと思っている。

  囲碁の会場の途中にホームセンターがある。

 ○さんは「何か買うものはない?」と聞く。
 「あ、お願いできる?」と帰りに寄ってもらう。
 
 我が家の畑事情が分かっているからタイミングよく聞いてくれるのである。
 自分からお願いしないのは私のずるさだ。^^;;;;

 が、花や野菜の苗を買った時、○さんから「もう植えた?」のチェックが必ず入る。 だから怠けていられない。

 「うん、植えたよ」というと
 「おお、えらい、えらい、大きくなったら分けて頂戴ね」と笑う。
 「もし、首尾よく育ったらね」と私も笑う。

 気の置けない大事な友だ。

安物買いの銭失い2016/05/28 18:11


 高校を卒業すると母は裁縫を習いなさいと勧めた。
私は もう着物を着る時代ではないし、必要な時はお店で買うからと反発した。
 家庭を持った時に何かと助かるから覚えておいたほうがいいよと言われたが若い私には通じなかった。

 母は若いころ仕立て屋に住み込んで和裁をならった。
 しっかり者の祖母のいいつけでお針子をした経験があった。
 祖母がどんな経緯で遠い仕立て屋を知ったのかなぜそこに娘をやったのか聞いたこともなかったが、母は住み込み時代のことを懐かしそうに話すことがあった。

 「親方」は男性、街のあちこちの呉服屋から仕立てを引き受けて
注文が重なるときは分業で取り組んだそうだ。

 仕立てるのは女物ばかりではない。
 男の弟子が多かったが職人たちは 縫うときにあぐらだったと聞き 
「衣装」と「あぐら」のチグハグな感じが いかにもプロらしく面白いと思った。
 両手を使った上に足の指で布を張って作業をするとき胡坐がよかったらしい。

 北国生まれの私は今でも冬は綿入れ丹前でないと寒くて眠れない。
日々の暮らしの中で 母が言ったように裁縫を習っておけばよかったと思うことがしばしばあった。

 時を経て子供が手を離れ お裁縫のけいこに出るチャンスが来た。
 楽しく張り切って縫っていた。

 ところが、弱体家計のもとで和裁を習うのはだんだん難しくなっていった。

 家族の浴衣やウールの単衣はどうにかやっていたが、袷長着になると材料費が続かなくなってきた。
 そこで考えたのが、縫い方を覚えるのが主だから、布地は高価な正絹ではなく、化繊と割り切ることにした。

 当時は我ながらいい考えと思っていたのだが・・・・
それが5/18記事にある「仕付けをしたままの袷長着」なのである。

 一度も袖を通さずにゴミになる着物を見るとなんという愚かなことをしたものだと思う。
 多少の無理をしてもホンモノを選ぶべきであったと。

 着物に限ったことではない。
 「安物買いの銭失い」は 貧しきもののサガと言おうか宿命かもしれない^^;;;;;;