お久~~二千円札^^2009/09/03 11:32

「二千円札でもよろしいですか」コンビニでお釣りの時に聞かれた。
「はい、かまいません」 
慣れていないから五千円札と間違えそうで財布に長くは持ちたくない。

巷に二千円札が見えないのは何か訳があるのかな~~

二千円札の事を検索してみた。
発行は2000年、小渕政権の時、沖縄サミットに合わせて。

偽造を防ぐための最高の技術が駆使され、また従来の紙幣に2千円札を加える事でお札を使いやすくする狙いもあった。
例えば二万九千円を払うとき、七枚の紙幣が要るが、二千円札があると5枚で済むという具合である。
ところが発行当初のブームが過ぎると2004年をピークに需要は下降する。
大蔵省では給料支払いに二千円札の使用を薦めたりしたのだが、流通の波に乗らず紙幣は日銀へ戻ってしまう。

全国的に下降している中、沖縄県ではよく使用されている。
地元のボランティアが結成している「二千円札流通推進会」が活躍しているからだ。

不人気の原因は実際に使う消費者の要望の高まりより 政治的な思惑が優先した結果と言えるようだが何億と言うお金が冬眠状態では勿体ない。

 今後は発行を停止してはどうか、とか記念通貨としてのみの役割にしたら等の意見もあるようだが二千円札の必要性は?

 他のことでへェ~~と思ったこと。
自動販売機の対応の遅れも一因らしいが、その自動販売機、
全国で541万台もあるそうだ。世界で二番目。一人当たりにすると台数も販売金も世界一という。

ハクビシン2009/09/08 21:02


 先日Nさんのご主人が葡萄棚の手入れをしていた。
お家の前を通る度、今年は随分と実ったものだと
 綺麗な緑色の房がいくつもぶら下がっているのを楽しく見ていた。
Nさんが車庫の屋根を上手に使って棚を作ったり世話をしているのも見ていた。

 「いよいよ収穫ですか」
取りようによってはもの欲しそうに聞こえる言葉を^^掛けたら
「いや、ハクビシンにね・・食べられたんですよ」という。
「あら」
見ると葡萄の房はほとんどなくなっている。

 ハクビシンと言えばその一週間ほど前、お隣の奥さんに
「お宅の無花果をハクビシンが食べていましたよ」と知らされていた。

「やっぱりいるんですね」
Nさんは道路にいるハクビシンの姿も見たそうだ。
何処からきたのだろう。

 熊、イノシシ、サルなど野生の動物が人里に下りてくるようになったのは元はと言えば人間がそれらの動物の生活圏を乱したことに因るらしいのだが。

 いちじくの被害位ならいいが家の天井に住み着いて悪さをする事もあるらしい。
 招かざる珍客のお出まし・・・ (>_<)

叩くのはほどほどに2009/09/11 12:05

 いつもの美容院に行ったら先客があった。
大きな声だったから待ちながら二人の話を聞いていた。

 その人が前回来たとき 喜んで話していた32歳の娘さんの縁談がうまくすすんでいないということらしかった。
 お相手は41歳。結納金の話も出ていたのに娘さんから突然「あの話しはないものと思って」と母親に電話があったという。

 美容師「いいお話だった見たいなのにネ~
  どうしたのかしら?」
 するとその人は答えた。
  「さあね~~石橋を叩きすぎてるんじゃないの?」

 さばさばした言い方だったので美容師さんが笑い出し私まで笑ってしまった。

おまつり2009/09/14 19:12

雀踊りの終わった小雀たちが向かい側の石段でおしゃべりしていた。
ピンクのいなせな衣裳がかわいかった。

おまつり2009/09/14 19:17

 昨日は郊外に用事で出かけたが帰りバス停でちょうど仙台駅行きのバスが来たので乗った。
 そのバスに乗るのは初めてだったので何処をどう通るのかと思っていたら大崎八幡神社(どんと蔡の裸参りで知られている)の前を通った。

 八幡町には子供が小学校の頃まで7年間住んでいた
あら、なつかしや と見ると神社のお祭りらしい。慌てて下車した。

 が、雀踊りも武者行列も終わった後だった。
 お参りだけでもと石段を登っていくと参道の横にロープが張られカメラを持った人やら大勢が何かを待っている様子。
 流鏑馬が始まるのだという。見ることにする。

 30分ほど経ったらリハーサルらしく馬に乗った若者が駆けて来た。
 それッと皆がカメラを向ける。
 そろそろ本番かと思っていたら ご一同で本殿にお参りして流鏑馬が始まるのは4時半からだと分かった。
エ~ッ?!45分もあるの?

 コンパクトカメラと私の腕ではまともな写真が撮れるわけでもなしと見物を断念。
 帰宅してPCに取り込んだこのぶれぶれ写真を見て「帰ったのは大正解」と思った^^;;

30年前のあの頃もお祭りはあったが雀踊りも、流鏑馬も、武者行列もなかったのに今は何処も地域興しのためだろうかお祭りは賑やかになったと思う。

歩く楽しさ2009/09/17 19:52

《トラクターも入っている広い河川敷の耕地》
 
 年とともに趣味と言えるものもだんだんとなくなってしまい、今は楽しみと言ったら歩く事くらい。
 それも知らない道を迷いながら歩くのが好きだ。

 私の方向音痴の酷さはここでもたびたび紹介しているが「地図を読めない女」の代表格で 頭には「東西南北」はなく「上下左右」だけという情けなさ(>_<)

 数日前も「広瀬川の橋めぐり」の続きとして名取川との合流点から閖上の河口まで歩こうと出かけたが河川敷が余りに広いため堤防を歩いて この辺が合流点かな と思っても流れを確認できない。
 人も通らない。

 そのとき、向うからパトカーが来た。
地域の見回りでもしているらしかった。
思わず手を上げた。
 合流点を訪ねたが「すみません、わかりません」との答だった。
パトカーに止められる人はあってもパトカーを止める人はそんなにはいまい。
 おまけにお巡りさんから「すみません」まで頂いてしまった^^;;;

 このお巡りさんもそうだったが、道を尋ねて嫌な顔をする人はいない。
皆さん親切に教えてくださる。とびっきりの親切に出会うこともある。
 歩く楽しさの中には新しい風景に出会う楽しみのほかに案外この優しさに触れる心地よさもあるのだろう。

 結局この日歩いたのは千代大橋~貞山堀まで、歩数は二万歩を越えた。

 帰宅後合流点をPCで検索して見たが岸辺に近づくのは難しいと分かった。
 が、名取川周辺にはまだまだ歩きたくなるような色々なコースのあることも分かった。
 次は何処にしよう。

「名取川に沿って」↓

http://orangestudio.homeip.net/gallery/user.php?userid=31409

ともだち2009/09/19 21:25

《実りの秋》

 首都圏に住む高校時代の友が膝の具合が悪いと言うのでお見舞いの電話を入れた。
 「歩けないほどでもないし、この先痴呆が進んでも徘徊老人にだけは
ならないから ま、いいかって思っているの」
 笑いを交えた元気な声が返ってきた。
しゃきしゃきとした話し方が都会的で 現在も趣味にボランティアに大忙し、同年とは思えない活動をしている。

 明るい声に陰りはないが歩んだ道が平坦だったわけではない。
 生まれた子供が900グラムの超未熟児だった事、親指ほどの脚を持ってオムツを替えるたび涙を流したと後になって語った。
 50代には癌の手術をした。

 偶に逢う時彼女が決まって言う事。
「いい事も悪い事もなんでも沢山体験する事に生きる意味があると思う」
 苦しみの中から得たものが彼女を強くしているのを感じる。

 私の方は先日川べりを歩きすぎて筋肉痛になるかと思っていたが何事もなく過ぎた。
 気を良くして今日は住宅地を抜けて黄金色に色づいた田んぼを眺めながら又随分と歩いた。

ん?ってことは・・・・ 徘徊老人予備軍?^^;

ニッカウヰスキー工場2009/09/21 11:27

 《ずらりと並んでいる貯蔵庫   ケータイで》
 
 昨日は帰省中の息子夫婦とニッカウヰスキー工場へ行った。
緑に囲まれた広大な敷地の中に赤レンガの建物の美しいところだ。

 うっかり、カメラを持っていなかった。
他に用事があったのでつい忘れてしまった。
(なんて弁解してますが、近頃は外出の度にヘマしてます^^;;)

 30分ほどガイド付きで製造工程を見学し、その後のウヰスキーの試飲がお酒好きには楽しみなところ。
 生憎私は下戸で楽しみ方を知らないが中に「アップルワイン」があった。
 これを水で割っていただくのだが、甘くて赤ちゃんでも飲めるような口当たりのよさ、おいしい!どこにアルコールが入っているの??と思うのだが20度あるのだという。
 後が怖いので少し飲んで止めた。

 写真のことを思うと我慢がならずお土産を選んでいる息子達からカメラを借りて外に出た。
 カシャカシャやっては見たが馴れないカメラでどんな写真が出来ているのやら・・
上手く撮れていてケータイで撮った上の写真と差し替えが出来るといいのだけれど。

 秋日和のいい半日を過ごした。

《後日付記》
9月27日
借りたカメラの写真が届いた。
ケータイで撮ったのと何処が違うの?
写真の良し悪しはカメラのせいではない。
ヤッパ、腕のせいでした^^;;;

http://photos.yahoo.co.jp/ph/ekamo2002/lst?.dir=/c95d&.src=ph&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/ph/ekamo2002/lst%3f%26.dir=/c95d%26.src=ph%26.view=t&.view=t

手紙~親愛なる子供達へ2009/09/27 16:30

《野の花》

PCをしないTさんが「手紙」の歌詞が欲しいと言うのでプリントした。
樋口了一の「手紙」が話題になっているのはだいぶ前に娘を通じて知っていた。
老いの哀しさを歌っている歌詞を若者が受け入れ、それが一般に広まっていることは当事者^^; には慰めになる。
自分のことながら老いの道はいずれの道も険しい上に 選ぶことも出来ない。

 若い人から聞いた話。
 95歳のおばあさんが一人暮らしをしていたが さすがに認知症の兆しが見られるようになった。
 娘である母親のことは認識できるが 息子(伯父)が分からなくなってしまった。
  けれどおばあさんは大層親切などこかのおじさんと思っているらしく
伯父さんにいつもニコニコ対しているそうだ。

 いい老いの姿だな~と思う。

 そういうのは何処からくるのだろうか。
 性格だろうか。
 生き方だろうか。
 いずれにしても今からではどうにもならない(>_<)

 歌詞の中の老人のように「手を貸してください」と言える素直さがあればいいが
私なんか ガンコな年寄りになって差し伸べてくれた手を振り払ったりしないよね・・・・・アブナイ、アブナイ。^^;;;;;

 手紙~親愛なる子供達へ
    ↓

http://www.youtube.com/watch?v=VIys43kR5S0

詩は次のように続く。

「悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることさえ出来なくなったなら
あなたがか細い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私にどうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力のないのを知るのは辛い事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい
きっとそれだけでそれだけで私には勇気が湧いてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私の子供たちへ
愛する子供たちへ」

突然の電話で2009/09/29 13:15

《野の花》

  電話に出たら以前パートでお世話になっていたところの奥さんだった。
「粗大ごみを持っていくところだけど あるなら寄るから用意しておいて」
「ワァーありがとう。お願いするわ」
 ゴミ処理場に持ち込むと回収してもらうよりも格段に安い費用で済む。
車のない我が家を気遣ってくれているのだ。

 壊れた椅子やら、物干しやら、ガラクタを慌てて外に出した。
間もなく息子さんの運転するワゴン車で奥さんが来た。
小学生から知っている大ちゃんは今ではお父さんのあとを継いで社長さんだ。
「ご無沙汰しております」 丁寧にお辞儀をされた。
「あら~立派になって、もう、大ちゃんではなくなってるのね~」

 すぐ、摘み終わった。車の中はまだまだ入る余地がある。
「粗大ごみのばーちゃんも積み込んでもらったらいいかしら」
「また、また~面白いことを言おうとして~」 と息子さんがゆったりと笑った。

 奥さんとの話の中に時折出てくる大ちゃんだったが
いい青年に成長したものだ。

 どんよりとした空だが思いがけない電話のお陰で気分は青空^^。